M)最近、客と「おこられる」ことについて雑談をしたんだけど、その時「泣きノブちゃん」の話をしたら盛り上がった。
N)ぼくの話?
M)そう。幼なじみのノブちゃんはちょっとしたことですぐ泣いて、自分はおこられてもいないのに、だれかがおこられている様子を見ただけで、すぐ泣いた。『どうして泣いているの』って聞いたら『おこられている人もおこっている人もかわいそう』って、泣いていたという話。ノブちゃんは、きっと感受性が豊かやったんやねえ(^^)
N)今思えば、「おこっている人の怒り」に対するこわさで泣いていたのかもしれない。
あるいは「なんでそんなことでおこるのか」「おこらなくてもいいじゃないか」っていう抗議の気持ちで泣いていたのかもしれない。
あと考えられるのは、怒る人と怒られている人の関係が早くおさまってほしいという気持ちから。
その場の空気感がこわくて悲しかったんだろう。
M)いろんな感情が入り乱れているけど、人とは違う感性で泣いていたんだろうね。
M)「おこられる」ってことで言えば、息子がまだ4 歳くらいの頃に「地獄ってどんなところ?」って聞いたら、「ずっとおこられ続けるところ」って答えてた。息子にとって「おこられる」ことは地獄だったんやね。
N)おこられる事と恐怖心はセットになっているから。
M)子どもの頃、父親にくみ取り便所の上で「お前みたいな子は、便所に落とすぞー」って、おこられた。「もうしません、やめてぇ」ってさけんでいた。
あとは母親に段ボール箱に閉じ込められて「猫が来るぞー」っておどされたり^^; 。子どもの頃は、むちゃくちゃ猫が苦手だった。母は熱狂的な阪神ファンだったんやけど「ぼく巨人ファンになるねん」って言ったら「お前なんかうちの子と違う」と言われて、玄関から閉め出された。その事件以降?私は阪神を応援しています(^^)
N)ぼくの子どもの頃の記憶は、みんながガッチャマンの絵が描いてある靴をはいていて、「ぼくも買って欲しい」と親に言ったら、「あんたはそこの家の子になりよし(なりなさい)」って無茶苦茶おこられたなあ。何か買って欲しいって言って買ってもらったことが無い(笑)
M)ガッチャマンといえば、友達のお父さんにもらった100円で、ガッチャマンの手帳を買って帰ったら、そんな「ムダづかい」してって激怒されたのを思い出した(^^;;
なんで、そんなにおこられたのか、今もよくわかっていないんだけど。
M)もう50年ちかく前になるけど、小学校の先生ってめちゃくちゃこわかったよね。竹のムチを持っていたりして、滅多にムチを使うことはなかったけれど、もみあげを引っ張りあげたり、こめかみをぐりぐりしたりする体罰系のおこり方をする先生が何人かいたと思う。
N)先生におこられたって家に帰って親に言うとよけいおこられるから、先生におこられたことは内緒にしてた。昔はおこるのと手が出るのはセットだった。
M)愛のあるおこり方だったと思うけれど、時には単に腹が立っていかりをぶちまけている先生もいたなあ。具体的は文字に起こせないけれど。
N)今の基準で言えば、「ピーッ(機械音)」って放送できない。
N)僕のクラブの顧問の先生も「ピーッ(機械音)」
M)こわい先生に怒られる場面で、自分はセーフだったときは、おこられているのを見るが楽しかったりする気持ちってあるよね。まあ、おこられていない人がクスって笑う感じ。
N)おこられている側もおこられて反省するよりも、おこられているのを見られるのが一番はずかしい感覚。おこる人、おこられる人、それを見ている人々という構造があるから、人前でおこるのは良くないって言われるようになってきた。
M) 会社員時代の話でいうと、お客様のクレームでおこられる場面があるのだけれど、うまくおこられるっていうのもあるよね。おこっている気持ちを完全に吐き出してもらうまで聞くと、その後の対処がスムーズに行く場合があったなあ。
N)おこっているお客様が何に対しておこっているのかをうまく聞き出せないと、お客様も自分の怒りの原因を忘れてどなっている状況になったりする。上司出せって言われて、よくおこられたけれど、今ではとてもいい経験になったと思う。
M)「おこる→おこられる」の関係って、A さんにおこられたら「ごもっとも」って反省するけれど、Bさんにおこられたら、「全く納得いかない」ってこともある。
「おこる→おこられる」も信頼関係ってあるなんやなあ・・・と、うまくまとめようとしたけど、今回は、自分たちのおこられ体験のお披露目にに終止してしまった気がするなあ(^^;;
おしまい
多屋 光孫(たや みつひろ)絵本作家・挿絵画家。和歌山県田辺市出身。3歳より田辺市の洋画家、故益山英吾氏の洋画研究所で絵を学ぶ。実家は本屋(南方熊楠ゆかりの多屋孫書店)。2015年8月まで二十ん年、普通に会社員(海外営業・広告宣伝など)をやっていたが脱サラし画家活動を開始。一般社団法人 日本出版美術家連盟理事(事務局長)
濱中 伸幸(はまなか のぶゆき) ブランドクリエイター。和歌山県田辺市出身。実家は紳士服店。元百貨店婦人服バイヤー。2011年株式会社ハッピーアイ設立。エンカラージオンラインショップ企画運営。ファッション専門学校非常勤講師
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